駒沢給水塔を見上げに行く 世田谷・弦巻昼さんぽコース

#世田谷区#カフェ・お茶#レトロ建物探訪#御朱印
なおごんずをフォローする

コース概要

駒沢大学駅からスタートし、上馬・弦巻の史跡と寺社を拾いながら、大正13年に建った駒沢給水塔まで歩きます。塔は2基。都内で唯一の土木学会選奨土木遺産です。中には入れないので、塀の外から見上げるだけ。それでも見に行く価値のある塔です。帰りは昭和39年から駒沢にある洋菓子店でお茶を飲んで、駒沢大学駅に戻ります。是非歩いてみてください。

【所要時間:約3.5時間】
【歩行距離:約6.0km】
【お勧めの曜日:いつでも!】
【お勧めの時期:猛暑日以外いつでも!】
※C:駒留八幡神社は社殿(拝殿・幣殿)の銅板屋根葺替工事中です。境内の掲示では2026年9月完了予定
※G:駒沢給水塔は東京都水道局の施設で、敷地内は一般公開されていません。外から見上げるコースです
※G:駒沢給水塔は2026年8月時点で改修工事中です(2基をつなぐ管理橋の耐震補強・改修、工期は2027年3月16日まで)。囲われている部分がありますが、外から見上げることはできます
※H:ラルーの営業時間は、公式サイトが11:00〜18:00、グルメサイトが10:30〜20:00で食い違っています。行く前に電話(03-3421-0831)で確認してください

駒沢給水塔は保存 or 取り壊しが議論されている建物です。
今すぐ、は無いかもしれませんが、見られるものは見られるうちに。

SCHEDULE

13:00

A:駒沢大学駅から出発

東急電鉄駒沢大学駅西口の地下へと下りる階段の入り口

(移動:徒歩15分)

16:15

駒沢大学駅に到着

東急電鉄駒沢大学駅西口の看板が掲げられた地下への入り口

今日も一日お疲れ様でした。

コース詳細

13:15 ▸ B:世田谷城主の側室が眠る 常盤塚

>>コース概要に戻る

世田谷区の指定史跡。指定は昭和58年11月。もとになっているのは『名残常盤記』で、江戸時代にこの土地で生まれた読み物にあたる。

そもそも世田谷に城があった。今の豪徳寺のあたりに吉良氏の館が置かれ、室町から戦国にかけてこの一帯を治めている。物語に出てくる城主・吉良頼康はその当主。没したのは永禄4年、1561年とされる。

常盤は奥沢城主・大平出羽守の娘で、頼康に嫁いだ。可愛がられた。それが面白くない他の側室たちがあることないことを吹き込み、常盤は城を出される。身重のまま、この近くで命を落とし、そのまま葬られた。

事実を知ったのは後になってから。頼康は悔やんで、常盤を弁財天に、腹の子を若宮八幡にして、駒留八幡神社に祀った。次に行くのがその駒留八幡神社になる。

讒言した側室は12人。全員が処刑されて葬られた。その塚と常盤の塚を合わせて十三塚と呼び、地元で供養してきたという。

『名残常盤記』は架空の物語だと、説明板もはっきり書いている。それでも「さぎ草伝説」の名で広まって、世田谷区の花はさぎ草になった。

住宅地の一角にある歴史スポット。さぎ草はありません。

住宅街の路地に面したブロック塀と生垣の奥にある常盤塚。
住宅街の一角にひっそりと
常盤塚の文字が刻まれた大きな自然石の石碑と手前に立つ浄財箱
常盤塚の碑
常盤塚の植え込みに立つ黒い案内板と「さぎ草ゆかりの常盤塚」の標識
世田谷区教育委員会の説明板
住所東京都世田谷区上馬5-30-19 Googleマップ
指定世田谷区指定史跡(昭和58年11月指定)
選定せたがや百景 No.20「さぎ草ゆかりの常盤塚」

>>コース概要に戻る

13:25 ▸ C:区の天然記念物のクロマツ 駒留八幡神社を参拝

>>コース概要に戻る

見どころは境内のクロマツ。世田谷区の登録天然記念物になっている。せたがや百景にも選ばれている神社。

上馬の鎮守。始まりは徳治3年、1308年。この土地の領主だった北条左近太郎入道成願が八幡さまを深く信仰していて、社殿を建てて経筒を納めた。以来ここが駒留八幡と呼ばれる。祭神は天照大神と応神天皇。

境内に厳島神社がある。常盤弁財天とも呼ばれる社。
Bの常盤塚とつながるのがここ。頼康は、殺された常盤を弁財天に、腹の子を若宮八幡にして、この神社に祀った。駒留八幡神社が若宮八幡とも呼ばれるのは、そのため。塚を見てから来ると、この小さな社の見え方が変わる。

拝殿が建ったのは大正7年、1918年。2026年8月に行ったら、社殿が足場とシートに包まれていた。拝殿と幣殿の銅板屋根の葺き替え工事で、境内の掲示によれば2026年5月頃に始まって、9月に完了予定。

参拝はできる。社殿の前に白いテントが張られていて、その下に賽銭箱が出してある。クロマツは足場の外なので、こちらはいつも通り。

足場の隙間から屋根が見えた。葺いたばかりの銅板が明るい赤茶色で、まだ緑青が出ていない。手前に残る屋根は緑のまま。新しい銅と100年ぶんの緑青が、同じ建物に並んでいる。工事が終われば見られない眺めで、これはこれで得をした。

訪問時には屋根の葺き替え中だったので、ピカピカになったらまた行ってみようと思います。

駒留八幡神社の入口に立つ茶色の鳥居と社号標
鳥居の奥に本殿がある
工事用の足場に包まれた駒留八幡神社の社殿。手前の白いテント下に賽銭箱がある
本殿、屋根葺替工事中
駒留八幡神社の境内に高々とそびえ立つ大きなクロマツ
クロマツ、世田谷区の登録天然記念物
駒留八幡神社の境内にある厳島神社。ゴツゴツとした岩に囲まれて立つ小さな社。
常盤弁財天が祀られた厳島神社
青い「夏詣」の印が捺された駒留八幡神社の御朱印
青が鮮やかな夏詣御朱印
住所東京都世田谷区上馬5-35-3 Googleマップ
文化財クロマツ(世田谷区登録天然記念物)
選定せたがや百景 No.19「上馬の駒留八幡神社」(昭和59年10月選定)
社務所9:00〜17:00

>>コース概要に戻る

14:00 ▸ D:稲荷と天神と八幡を一つにした 弦巻の氏神 弦巻神社

>>コース概要に戻る

明治41年、弦巻に散らばっていた稲荷社、天神社、八幡社を合祀して成立した神社。弦巻全域の氏神。
江戸時代の地誌はどの祠についても、小さな祠ではじまりは年月不詳、としか書いていないという。いつからあったのかはいまでは誰も知らない。

明治末期は、政府が全国で神社の統廃合を進めた時期にあたる。一町村一社にまとめる方針で、小さな社が次々に消えた。弦巻の3社が1つになったのも、その流れの中の話。
稲荷社の場所に、天神社、八幡社の二社が歩いてきて、稲荷社に相乗りした格好になる。

本殿は、大正5年(1916)年の物でこじんまりとしているが、趣がある。

地域の守り神様に挨拶しつつ、商売繁盛と学力アップをお祈りしましょう。

強欲さが垣間見える・・・

石段の先に立つ、赤い屋根と鈴緒を備えた弦巻神社の木造社殿
紅白の鈴緒が素敵な本殿
注連縄が飾られた石鳥居の奥に石段と赤い屋根の社殿が見える弦巻神社
鳥居から本殿まで真っ直ぐなのが良いです
弦巻神社の境内に立つ「弦巻肇地碑」と文字が刻まれた大きな石碑
弦巻整地碑
住所東京都世田谷区弦巻3-18-22 Googleマップ
成立明治41年(稲荷社・天神社・八幡社を合祀)/大正5年 遷座
例大祭10月第3日曜日

>>コース概要に戻る

14:15 ▸ E:蛇崩川緑道の起点に立つ水道管のオブジェを見る

>>コース概要に戻る

世田谷区立中央図書館の脇に、水道管が置いてある。捨ててあるのではなく、オブジェとして置いてある。
路に水道管が寝ている景色はなかなかユニーク。

ここが蛇崩川緑道の起点。蛇崩川は旧弦巻村を水源にして、上馬引沢村と下馬引沢村を通り、目黒区の上目黒で目黒川に落ちていた川。今は蓋がされて、下馬1丁目まで2,990mの遊歩道になっている。

なぜ川の跡に水道管なのか。世田谷区にも東京都水道局にも、このオブジェの記述が無い。名前も、置かれた年も分からなかった。1988年に隣の教育会館が建った時の周辺整備で置かれたらしい、という話が個人ブログにあるだけ。

ただ、ここから985m、歩いて12分の所に駒沢給水塔が建っている。蓋をされた川と、水を送るための塔。その両方が近いから水道管を選んだのかもしれない、と勝手に思っている。

誰かに話したくても情報はありません。妄想力勝負!

蛇崩川緑道の入口で地面から幾つも突き出る黒い水道管のオブジェ
緑道に突然現れる水道管
蛇崩川緑道の起点にあるKDFO 95 NBK 250と刻まれた黒い水道管オブジェ
本物の水道管だと思うのですが詳細不明
蛇崩川緑道の起点に並ぶ水道管のオブジェから水が流れ出る石畳の広場
水道管の群れ。噴水にもなっています
住所世田谷区弦巻3丁目17 付近 Googleマップ

>>コース概要に戻る

14:25 ▸ F:実相院で高橋是清の髭墓を探す

>>コース概要に戻る

曹洞宗、山号は鶴松山。開基は吉良氏朝。Bで見た常盤塚の吉良頼康の、次の代にあたる。

天正18年の小田原合戦で世田谷城を離れ、下総へ逃れた氏朝は、家康が江戸に入った後で世田谷に戻り、この寺で隠居して慶長8年に没した。寺号は氏朝の法名「実相院殿」、山号は夫人の法名「鶴松院」から。夫婦の名がそのまま寺の名になっている。

境内に高橋是清翁之鬚墓がある。鬚の墓であって、是清本人の墓ではないので注意。
庇護を受けた画家の永井如雲が、生前の是清から髭をもらい受けて保存しており、昭和61年に高橋家の了解を得て埋めたもの。是清の墓は多磨霊園にある。

樹齢150年ほどのアカマツは区の名木百選。吉良氏朝の塚と伝わる古塚の上に立っている。

平将門公的に鬚だけが空を飛ばないか心配でしたが、由来を聞いて安心です。

実相院の緑豊かな境内に立つ「高橋是清翁之鬚墓」の黒い石碑
鬚墓の側面には由来が書かれている
青々とした木々に覆われた実相院の石畳の参道と奥に立つ山門
広い境内は、職人さんによって木々がメンテされている
木々に囲まれた実相院の本堂と手前に続く石段
本堂。中には入れなかった。
実相院の境内に立つ小さな木造の祠と太い松の幹、中には小さな赤い鳥居が見える
塚の上に立つアカマツ。世田谷の名木百選。
住所東京都世田谷区弦巻3-29-6 Googleマップ
山号鶴松山/曹洞宗
選定せたがや百景 No.26「弦巻實相院界わい」

>>コース概要に戻る

14:55 ▸ G:駒沢給水塔、都内で唯一の土木学会選奨土木遺産

>>コース概要に戻る

※先に注意点をば。
イベント日以外は給水所の敷地中には入れません。
外からのビュースポットは複数あるのですが、東京都世田谷区弦巻2丁目39−1付近が一番オススメです。

大正13年3月完成。設計顧問は中島鋭治。村山貯水池や東京駅の上下水道も手がけ、近代水道の父と呼ばれる人。
多摩川の伏流水を砧下浄水所で浄水し、ポンプでこの塔まで汲み上げる。あとは落差で渋谷方面へ流れていく。

なぜ弦巻かというと、このあたりが高台だから。塔を建てる場所は、水を送りたい先より高くなければ意味がない。
ただし、給水の役目はもう終えている。今は災害時の応急給水槽。

高さは約30m。2基並ぶ。塔頂に直径53cmの装飾球が並んでいて、これが王冠に見えることから「丘の上のクラウン」と呼ばれる。当初はガラス製で、今はポリカーボネート。

2012年に土木学会選奨土木遺産。都内ではここだけ。

2026年8月時点では工事中。工期(予定)は2027年3月16日まで。囲われていて見られない部分もあったが、塔の大きさと迫力はそのまま伝わってきた。工事中でも見に行く価値はある。

配水塔を完成当時の外観に近づける改修をして、一般公開を検討している、という嬉しい話を聞く一方で、一時期は取り壊しも噂されていた施設。

残して欲しいなあ。いやマジで。

↓ほかの給水塔・配水塔を見に行くコースはコチラ↓

永福町~明大前の寺社・遺構を訪ね、歴史を辿る 昼さんぽコース

登録有形文化財 野方配水塔を見に行く 昼さんぽコース

ツタが這う重厚な円筒形の駒沢給水塔とドーム屋根
圧倒的迫力の塔。連結橋は工事中。
茶色の柵と樹木の奥に見える王冠のような装飾が載った駒沢給水塔
塔を東側から見た様子
駒沢給水塔の立ち入り禁止の鉄門と「双子の給水塔」と書かれた白い案内板
ガ、ガードが堅い(敷地には入れません)
住所東京都世田谷区弦巻2-41-5 Googleマップ
竣工大正13年(1924)3月/設計顧問 中島鋭治
指定土木学会選奨土木遺産(2012年)/せたがや百景 No.25
見学敷地内は一般公開されていません。外観のみ

>>コース概要に戻る

15:15 ▸ H:昭和32年創業 洋菓子・喫茶 ラルーで給水

>>コース概要に戻る

創業は昭和32年、昭和39年に駒沢のこの場所へ移ってきた。
この角にはもう60年以上いる。

頼んだのはウインナーアイスコーヒー。上に載った生クリームが溶けきる前に、下から美味しくいただく。

ケーキ屋さんの奥にある喫茶所は、地元の方がわいわいとお茶をする憩いの場になっていた。
公式サイトでは「喫茶ラルー」と名乗っていて、どうやらそちらが本名らしい。

ショーケースには自家製のケーキが20種類ほど並んでいる。モンブラン、ショートケーキ、ガトーショコラ、アップルパイ。暑さに負けて飲み物だけで帰ってしまったので、次こそは頼みたい。

ウインナーアイスコーヒーって下から飲むのが正解なのかしら?

アイスコーヒー上から飲むか、下から飲むか。

何も言ってない!

焦げ茶色の看板に「お菓子の店 ラルー」の文字が掲げられた洋菓子・喫茶ラルーの外観
246沿いの名店
喫茶ラルーのテーブルに置かれた、白い生クリームがたっぷり載ったウインナーアイスコーヒー
クリームたっぷり
洋菓子・喫茶ラルーの店内。木目調のテーブル席からカウンターや奥のショーケースが見える。
喫茶側の奥から入口を見る
洋菓子・喫茶 ラルーのSUMMER MENUと書かれたメニュー表
夏メニュー
住所東京都世田谷区駒沢3-16-2 Googleマップ
TEL03-3421-0831
創業昭和32年(1957)茅場町/昭和39年(1964)に駒沢へ移転
営業時間11:00〜18:00(要確認。10:30〜20:00とする資料もあります)
定休元旦ほか特定日

>>コース概要に戻る

コメント

タイトルとURLをコピーしました