埼玉の中に練馬区?飛び地はなぜあるのか 昼さんぽコース

#練馬区#御朱印
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コース概要

皆さん、埼玉の中に東京があるのをご存じでしたか?東京と埼玉の県境から少し埼玉に入った新座市の中に、東京の練馬区の「飛び地」があるのです。さてはて、どんな場所なのか。大泉学園駅から地元に愛される神社を巡りながら飛び地を目指します。

【所要時間:約2.5時間】
【お勧めの曜日:いつでもOK】
【お勧めの時期:いつでもOK(下保谷天神社の御朱印は毎月15日のみ)】

SCHEDULE

13:15

A:大泉学園から出発

大泉学園駅の改札前、階段とエスカレーターが吹き抜けに続く

(移動:徒歩8分)

15:30

G:保谷駅へ到着

今日も一日お疲れ様でした。

保谷駅の出口、庇の下に案内看板が並ぶ

なぜ埼玉の中に練馬区の飛び地があるのか

埼玉県新座市片山のなかに、東京都練馬区西大泉町1179だけが島のように残っている。はっきりした理由は分かっていない。不動産業者が本来は新座の土地を誤って練馬区へ申請し、そのまま通ってしまった説、明治以降の市町村合併で気づかれずに残った説などが有力とされる。飛び地だと発覚したのは1974年。新座市へ移すよう交渉が行われたが、住民の反対もあり頓挫し、いまも東京都練馬区のまま。ゴミ収集や郵便は東京、水道と電気は埼玉、という暮らしが続いている。

行き方は、西武池袋線・大泉学園駅から北西へ約2.5km、歩いて30〜40分。このコースでは、途中の神社に寄りながら1時間半ほどかけて向かう。

コース詳細

13:25 ▸ B:三十番神信仰から菅原道真公を勧請 北野神社

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神仏習合が多く見られた江戸時代までは、毎日日替わりで30体の神様が護ってくれる、という三十番神信仰が盛んだった。有名な神様では、諏訪大明神(諏訪大社)、北野大明神(北野天満宮)、春日大明神(春日大社)といった具合である。江戸時代初期からある三十番神信仰をしていた神社だったが、明治の神仏分離に伴い信仰禁止となり、神様のうちの一人、北野天満宮の菅原道真公をお迎えし、北野神社と改名した。広い境内は第一の鳥居、第二の鳥居、拝殿までが綺麗な一直線。両側に大木が植えてあり静かな雰囲気が素敵な神社。

北野神社は鳥居から拝殿まで参道が広く整えられている
想像より境内が広く綺麗で驚いた
北野神社の拝殿正面に注連縄と彫刻が飾られている
拝殿の両側にある狛犬らしき彫刻が活き活きとしていて見事
北野神社の御朱印、朱印と参拝日の墨書きが並ぶ
住所練馬区東大泉4丁目25−4 Googleマップ
TEL03-3922-6248

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13:45 ▸ C:三十番神信仰から諏訪大明神を勧請 諏訪神社

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こちらの神社も北野神社と同じく三十番神信仰から、神仏分離に伴い、諏訪大社から神様をお呼びした歴史を持つ。本殿の中(見学不可)には今でも30体の神様の像が安置されているのだそう。おそらく現在の社殿は明治時代のもの。見事な銅葺きの屋根は必見。

諏訪神社の飾り気ないまっすぐな神明鳥居
シンプルな神明鳥居が良いですね
諏訪神社の社殿、大きく反った緑がかった屋根が目を引く
銅の屋根と装飾が迫力充分です
住所練馬区西大泉3丁目13−3 Googleマップ
TEL03-5393-3956

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14:10 ▸ D:小さな本殿は江戸末期造 四面塔稲荷神社

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正式名称は「堤稲荷」。ただし一般的には江戸時代、付近に四面の題目塔(供養塔)があったことから、「四面塔稲荷」と呼ばれ、バス停、交差点名も四面塔稲荷の名になっている。見どころは、拝殿の奥にある小さな本殿。覆屋内の本殿は1865年に建てられたもので、小さいながらも銅板葺きがされ、彫刻も細かい仕事が沢山されている。拝殿横に回れば覗く事が可能なので是非見て行って欲しい。

境内に木が無く、あまり元気がない神社かと思いきや、社務所もあって近所の人々が集まっていました。思い込みは良くないですね。

四面塔稲荷神社、鈴が連なる鳥居の奥に社殿が見える
神社の名前を冠したバス停、交差点があり地元のランドマークとなっている
細やかな彫刻が施された四面塔稲荷神社の本殿
小さな本殿は練馬区の有形文化財に指定
住所練馬区西大泉5丁目1 Googleマップ

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14:30 ▸ E:【飛び地】埼玉の中の東京 練馬区西大泉町1179

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東京と埼玉の県境、埼玉県新座市の中に東京都練馬区がある。何故「飛び地」になったのか、はっきりとした事は不明だが、不動産業者が本来埼玉(新座)の土地を誤って東京(練馬)へ申請し、チェック漏れで通ってしまった説、明治以降の市町村合併で気づかれずに残ってしまった説などが有力らしい。何はともあれ飛び地であることが発覚したのは1974年。その後、飛び地を新座市へ移管しようという交渉がされたが、住民の反対もあり頓挫し現在に至る。

現地では、義務教育、ゴミ収集、郵便などは東京が担当し、水道、電気は埼玉が担当とのこと。ゴミ収集の看板を見ると確かに練馬の記載があり、確かにここは東京なのだと感じることができる。また埼玉への気遣い(?)なのか、マンホールは東京市型模様ながら、東京の紋章が無いものが用いられている。

こんな身近な場所にも「飛び地」があったのですね。
東京の勉強は奥深いです。

赤線で囲まれた練馬区の飛び地を示す手描き地図
東京では知る限り唯一の飛び地
住宅が並ぶ静かな通り、ここが東京の飛び地
埼玉の中に東京がポツンとある
練馬区西大泉町の飛び地、住宅が並ぶ静かな路地
この通りの両側だけが東京都 周辺は埼玉県
電柱に取り付けられた「資源・ごみ集積所」の案内板
ゴミは石神井清掃事務所が担当(東京)
細かい格子模様のマンホール蓋、都のマークが見当たらない
東京市型地紋にも関わらず東京のマークが無い、珍しいもの
住所練馬区西大泉町1179 Googleマップ

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15:00 ▸ F:御朱印は毎月15日限定 下保谷天神社

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こちらの神社も北野神社と同じく三十番神信仰から、神仏分離に伴い、菅原道真公を単体でお呼びした歴史を持つ。入母屋造りの拝殿は1834年建造。西東京市の中でも有数の古さの木造建築。コンパクトながら銅葺きの力強い屋根、立派な鬼瓦はなかなかのもの。

また社務所の方に聞いたところ、御朱印は毎月15日限定だそう。知らずに14日に訪問したものの、偶然1日前倒しで社務所を開けており、丁度書いて頂くことが出来た。出会いに感謝。

唐破風の下に精緻な彫刻が並ぶ下保谷天神社の拝殿
江戸からの建物で西東京市屈指の古いもの
下保谷天神社、幟と注連縄に飾られた小ぶりな拝殿
こだわりがぎゅっと詰まった拝殿
御朱印帳に押された下保谷天神社の朱印「天神社」
珍しい御朱印を偶然の出会いでいただけました
住所西東京市北町6丁目7−19 Googleマップ
TEL042-461-4442
御朱印の時間毎月15日(変動の可能性あり)
夕方前には社務所を閉めてしまうので注意

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