【Click!】街歩きガイド はじめました【Click!】

数字の名所を辿る昼さんぽコース②白金駅~八芳園~六本木駅

#御朱印#商店街めぐり#港区#レトロ建物探訪#聖地巡礼
なおごんずをフォローする

コース概要

日頃街歩きをしていて、数字が入っている地名・名所を見かけたとき、「何が五個あったんだろう?」と不思議に思うことってありませんか?今回は、白金駅からスタートして八芳園を経由して六本木駅まで、数字が付いている名所とその由来を辿ります。そこには、明日誰かに話してみたくなる発見が。是非歩いてみてください。

【所要時間:約4時間(ラーメン二郎の待ち時間 約1時間込み)】
【お勧めの曜日:月・火・水・木・金・土】
【お勧めの時期:いつでも!】

Bitly

コース詳細

11:33 | B:国内外の重鎮も利用 八芳園 壺中庵を外観見学

1950年創業、素晴らしい日本庭園を擁する結婚式場、八芳園。八芳園内の日本庭園の中にある建物「壺中庵」は、1950年に八芳園が創業するまで実業家 久原房之助氏の私邸だった場所。創業当初は「日本館」と呼ばれていたが、庭園も含めたその建物の素晴らしさに、1994年、作家 遠藤周作が中国故事「壺中の天(※)」から連想し「壺中庵」と命名したそう。現在でも、壺中庵は国内外の重鎮の交流の場。最近では、アメリカのバイデン大統領との日米首脳非公式夕食会が行われたほど。
なお、八芳園の名前の「八」の由来は「四方八方どこを見ても美しい」に由来する。

(※)俗世間とは異なった別世界のこと。「壺(つぼ)の中の世界」の意で、転じて、酒を飲んでこの世の憂さを忘れる楽しみを表しています。

八芳園入口
八芳園入口から右側に進み、庭園入口へ。この扉が開いていない場合は、本館建物内からも入れるそうです。
壺中庵を日本庭園から望む。中は素晴らしい「壺(つぼ)の中の世界」が広がっているのでしょう。
池を中心とした回遊式庭園。周りには、茶室・チャペルまであります。
本館入口。披露宴会場などがあります。
住所東京都港区白金台1丁目1−1 Googleマップ
TEL03-3441-8888
営業時間11時00分~21時00分
定休日なし

>>コース概要に戻る

12:05 | C:有名すぎる四十七人が眠る泉岳寺へ参拝

1612年、徳川家康が現在の桜田門周辺に創建した寺院。その後の大火で焼失したが、3代将軍家光の命で5大名(毛利・浅野・朽木・丹羽・水谷)により現在の場所に再建。
1701年に起こった「松の廊下事件」により切腹した浅野内匠頭長矩、そして1703年「元禄赤穂事件」を起こした赤穂義士が境内墓地に葬られている。また、長矩正室の瑤泉院や長矩の弟の長広などの浅野家の墓地、大石家の墓地も境内にあり、併せて参拝できる。
浅野内匠頭の切腹の後、赤穂浅野家は断絶、約300人の藩士やその家族は路頭に迷うことに。一方で、切られた吉良上野介は一切のお咎めなし。浅野家の再興に失敗した家老・大石内蔵助は吉良邸への討ち入りを決断。大石がギリギリまで参加者へ討ち入りの意思を確認し続けたため、討入り当日までメンバーが変動し続け、最終的に残った希望者は47名。

本所にあった吉良上野介の首を取り、浅野内匠頭が眠るここ泉岳寺まで向かいました。有名なシーンとして映画などでも描かれていますね。

現在の中門は天保7(1836)年に再建されたもの。
大正10(1921)年に除幕された大石内蔵助良雄銅像。凛々しい立ち姿です。
山門。こちらも、天保3年(1832年)に再建された歴史ある建物。
墓所入口。すぐ右には、義士が本懐成就後、吉良上野介の首を洗い主君の墓前に供え報告した「首洗い井戸」があります。
奥は浅野内匠頭長矩のお墓、手前には長矩正室の瑤泉院のお墓があります。
四十七士は、本懐成就・切腹後、ここにすぐに埋葬。討入前に切腹した萱野三平の供養墓もあるため、墓標は48墓あります。
御朱印にも「四十七義士廟所」の文字があります。
御朱印を頂く際は、すぐ横で写経をして合わせて奉納することをお勧めされます。
住所東京都港区高輪2丁目11−1 Googleマップ
TEL03-3441-5560
営業時間7時00分~17時00分
定休日なし

>>コース概要に戻る

12:55 | D:「ジロリアン」と共に ラーメン二郎 三田本店のラーメンを実食

1968年創業の老舗ラーメン店。創業者は「総帥」と呼ばれる山田拓美氏。現在も三田本店の厨房に立ち続けている。もとは都立大学駅近くに「ラーメン次郎」の名前で出店。これは、当時大人気だったインスタントラーメン「ラーメン太郎」をもじったもの。提供するラーメンのボリュームを特大に、味付けを濃くしたことで人気店となる。1970年代には慶応義塾大学三田キャンパス近くへ移転。その際、ペンキ屋が新店舗の看板を「次郎」とすべきところを間違えて「二郎」と書いてしまった。結局そのまま営業しているとのこと。
訪問時は平日13時前、お店前には「ジロリアン(=ラーメン二郎ファン)」の長い行列が出来ていた。小ラーメンのチケットを買いつつ、1時間待ちようやく店内へ。独特のコール「ニンニク入れますか?」に「ニンニク少な目で!」をコール。野菜・アブラ・タレの量は通常量のオーダーとなる。小ラーメンと言っても、普通のラーメンの特盛かそれ以上の量。スープは豚・野菜のうま味をぐっと吸ったコッテリ味。

どっかり胸に溜まるスープの味の強さ想像しましたが、トッピング野菜を一緒に食べると、くどくなかった印象(あくまで、大食いなおごんずの個人的感想です)。

ラーメン二郎の総本山。黄色い看板に黒文字がお決まり。13時前ですが、まだまだ行列は長い。
最後尾は、店舗をぐるり回り込んで裏手へ。ここから着席まで1時間!頑張ろう~!
なんと、総帥と2ショットを撮らせてもらえました!ウサ耳を付けるエンターテイナー。
ニンニク少な目、以外は通常量でオーダー。想像していたより、お味がこってりしすぎず、美味しく食べきってしまいました。
住所東京都港区三田2丁目16−4 Googleマップ
TEL
営業時間8時30分~15時00分、17時00分~20時00分
定休日日曜

>>コース概要に戻る

14:10 | E:【重文】慶応義塾大学 三田演説館・図書館旧館を外観見学

慶応義塾大学三田キャンパス内は二つの重要文化財がある。
三田演説館は、日本最初の演説会堂。1875(明治8)年、慶応義塾大学の創立者である福沢諭吉により建設。アメリカの会堂をモデルに設計されており、玄関ポーチや窓などの洋風建築の手法に、木造寄棟瓦葺・なまこ壁といった和風建築の手法が組み合わさった擬洋風建築。1967年、国の重要文化財に指定。
図書館旧館は、1912(明治45)年に建設。赤レンガと花崗岩のコントラストが素敵。関東大震災・東京大空襲を潜り抜けた、非常に美しいゴシック式洋風建築。1969年、国の重要文化財に指定。

そもそも「三田」の名前は非常に古い。この土地に、大化の改新(645年)以前「屯田(みた、朝廷に献上する米を作る土地のこと)」があったことに由来して、935年頃の文献には「武蔵国荏原郡郷”御田”(みた)」と呼ばれる土地があったことがわかっている。その後、戦国時代には荏原郡「三田郷」として成立している。

屯田⇒御田⇒三田、ということですね。

慶応義塾大学三田キャンパス正門。
三田演説館。年数回の講演会でしか公開されない。もちろん訪問時も外観見学のみ。
図書館旧館。こちらも外観見学のみ。
美しい建築物は他にも。1926(大正15)年竣工の塾監局。ゴシック風様式。
住所東京都港区三田2丁目15−50 Googleマップ
TEL03-5427-1517

>>コース概要に戻る

14:30 | F:かつては三井家の迎賓館 綱町三井倶楽部を外観見学

1913(大正2)年、三井家が日本初ともいわれる本格的な迎賓館として建てたルネサンス様式の建物。東大工学部建築学科の教授であり、日本人建築家を多く育てたイギリスの建築家、ジョサイア・コンドルによる設計。外観の荘厳な雰囲気の美しさはもちろん、内部の1・2階吹き抜けホールやステンドグラスをはめたドーム天井など、その優美な内装が非常に美しい。

日本三大財閥の一つ、三井財閥の歴史は古い。先祖は伊勢の商人であった三井高俊が、伊勢松坂に質屋兼酒屋を開いたのが起源。店は「越後殿の酒屋」と呼ばれ、これがのちの「越後屋」に繋がる。1673年、江戸で越後屋三井呉服店(三越)を創業、大繁昌。明治維新後、明治政府からの資金要請に応えるなど、現在の財閥の力にも繋がる強さを備えていった。

三井グループの会員制クラブとなっています。もちろん無関係のなおごんず(妻)は見学できず。コネが欲しい~!

美しい外観。内部を見てみたいが、残念ながらそんなコネはない。
内部のステンドグラスのドーム天井(Wikipediaより引用)
住所東京都港区三田2丁目3−7 Googleマップ
TEL03-3453-3011
営業時間10時00分~21時00分
定休日なし

>>コース概要に戻る

14:50 | G:古さと新しさが入り混じった素敵な商店街 麻布十番商店街

江戸時代、一帯に流れるの荷揚げ場があったことで水運・交通の要所となっていた場所。ここでは多くの商売が行われるようになり、麻布十番商店街のもとが形作られていった。何が「十番」目なのかというと、古川の改修工事のため「第10番目の工夫を出した地域」「10番目の土置き場」「10番目の工区」など、諸説あるそう。すぐ南にある麻布山善福寺の門前町としても、また近くに多くの大名の下屋敷・家臣の住まいがあった影響もあり繁栄。おもちゃ屋のコバヤシ・たい焼き屋の浪花家総本店はじめ、老舗が多いのも特徴。

最近では、新しいお洒落なお店も仲間入りするようになり、いつ来ても人の往来が多く賑わっている印象です。

商店街にすぐ東、古川に架かる「一之端」
車道も石畳が敷かれお洒落なイメージ。歩道もレンガ色で素敵。
昭和26年創業。当時は、牛乳とトーストを出すお店「十番ミルクスタンド」でした。
1867年創業の老舗玩具店。通行人が楽しめるよう、閉店後もシャッターを下ろさないという心意気。
明治42年創業の老舗たい焼き屋さん。皮が驚くほど薄く、パリパリなのが美味なんです。
「永坂更科 布屋太兵衛」の屋号は江戸時代から続くという。店舗の足元には、麻布十番の由来の石碑が。
住所<こばやし玩具店>東京都港区麻布十番2-4-7 Googleマップ
TEL03-3451-7208
営業時間11:00~19:00
定休日月曜、火曜(祝日の場合は営業)

>>コース概要に戻る

15:15 | H:六本木住民の心のオアシス 毛利庭園

歴史は古く1650年、初代長府藩主(現在の山口県下関市長府)毛利秀元がここに上屋敷を設けたのが始まり。明治幕末に幕府から江戸藩邸を没収された後、1919(大正8)年には「乃木大将生誕の地」として、1943(昭和18)年には「毛利甲斐守邸跡」としてそれぞれ旧跡に指定。その後は、ニッカウヰスキーの工場⇒東映撮影所⇒テレビ朝日と所有者が変わりながらも日本庭園をの佇まいを維持、「毛利庭園」と名付けられ今に至る。
六本木ヒルズの足元に静かに佇む緑豊かな日本庭園。大きな池、渓流もあり、周辺のオフィスに勤める人々のランチタイム場所になっていた。

そして、六本木の何が「六」本なのかといえば、「6本の松の古木があったから」「上杉・朽木・高木・青木・片桐・一柳という木に縁のある名の大名屋敷が集まっていたから」など、諸説ありはっきりとはわかっていないのだそう。

インバウンドの方の観光先として賑わっていましたよ!

どーんと構える六本木ヒルズ
本格的日本庭園との森と、建築家槇文彦が設計したTV朝日の近代社屋のコントラストがすごい。
「Kin no Kokoro」カップルがこのオブジェの前で写真撮影してました。
本格的な回遊式日本庭園。テレビ朝日のお天気予報でよく登場しますね。
住所東京都港区六本木6丁目10−1 Googleマップ
TEL03-6406-6000
営業時間いつでも入園可能
定休日なし

>>コース概要に戻る

お散歩案内人プロフィール
街歩きを愛する夫婦

東京下町生まれの夫と、東京在住20年を超える妻。デート代節約のため散歩デートを繰り返すうちに、いつの間に街歩きマニアに。東京23区の散歩コース紹介サイト「明日どこいく?」運営。実際に歩いて作成した散歩コースは100以上。特に好きなジャンルは、御朱印・商店街・建築・庭園・食べ歩き。東京シティガイド検定ゴールドバッジ保有。

なおごんずをフォローする
明日どこいく?(あすどこ・明日どこ)

コメント

タイトルとURLをコピーしました